『桜を見よう、一緒に』
きりり、きりり。
春風の中に聞こえるのは、互いの胸の軋み。
雪の中、芽生えた想い。
雪が溶けて、花が咲いても心だけが戸惑う。
彼女は私を愛してくれているのだと思います。
あの日、私の頬に触れた唇が幻ではないなら。
でも私は他の人が好きです。
彼女はそれを知っているから。
それ以上何も言いません。
きりり、きりり。
こんなにも軋むのは、私も彼女を好きだから。
たった一瞬だけ、彼女が望むなら一線を越えても構わないと思いました。
何もかもを越えて、彼女とともに堕ちるのも幸せかと考えました。
きりり、きりり。
けれど彼女は何も言いません。
私も何も言いません。
きっとこれから先もそうなのでしょう。
二人の間の言葉は、足りないくらいがちょうどよいのです。
暖かくなったら、もう冷たい手を繋ぎ合う必要もなります。
冬の間、彼女と繋ぎ合った手は今は空いてます。
けれど再びその手を繋いだら、心が離れてしまいそうで。
きりり、きりり。
一緒に見たいのは桜だけじゃなくて。
海を一緒に見たいのです。
紅葉を一緒に見たいのです。
雪を一緒に見たいのです。
春をまた一緒に待ちたいのです。
きりり、きりり…
きりり…きりり…
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